20241222
愛息氏が行きたいかなーくらいのテンションだったので読売テレビの『名探偵コナン』の展示を見に行くべくちょっと離れたところに駐車場確保はしていたんだけど、肝心のその展示自体が入場予約が必要なことを知らなかった。テレビで言えよ。
そもそもあんなもん基本的には漫画とかアニメの画面コピーをほんのりポスター化したものが貼ってあるのと大きめフィギュアが飾ってあるだけで特に意味のある催し物ではなく文字通り子供騙しだろうから行くの嫌だったんで駐車場料金を捨ててお出かけはなしに。
愛息氏もそれほど思い入れがあるわけもなかったので「じゃあ『マインクラフト』の『ワンピース』アドオンやって」と切り替えが早かった。
『マインクラフト』のベッドロック版用の『ワンピース』アドオンを前にインストールして遊んでいたんだけど、アップデートが上手く行かずに置いてあったのだった。ギア5thが追加されたのでやりたいらしい。
で、何が駄目だったのか調べるんだけど情報が少ない…と言うか情報の共有のされ方が酷い。キッヅ多過ぎるんやろうな。民度が低い。そもそもアドオン作成者もベッドロック版のことを統合版って呼んでてうっとおしい。ベッドロック版とJava番が同時提供されているパッケージが統合版やろうが。
結局よく判らなかったのでベッドロック版をクリーンインストールしてアドオン入れたら動いたので愛息氏は御機嫌。良かったです。
そこからは編集とコンテンツ消化。
去年判明した、コンテンツの消化とメンタルバランスの失調は連動しているという事実。これ、どちらかがバロメーターという訳でもなく、両方に影響しあうのよな。メンタル的に良くないとコンテンツ消化が滞るし、コンテンツ消化が滞るとメンタルにも影響する。なのでちまちまと数をこなす。
音声編集については、Audacityでの音声出力後にアートワークを付与する作業が手間で嫌いだったのをお手製スクリプトで作業簡素化する。
本当はAudacityがアートワーク管理可能になれば一番いんだけど今後も望めなさそうなのでChatGPTに書かせたPythonコードをバッチファイル化してアプリランチャーから1クリックで呼び出し。対象ファイル選択とアートワーク選択だけ出来るようにした。作業時間が30秒⇒10秒くらいにはなったかな。精神的ハードルがかなり下がって良い。
夜はくら寿司へ。『名探偵コナン』展示に行かなかった埋め合わせ。
予約してから向かったんだけど道も空いていたし店も空いている。これはひょっとして『M-1グランプリ』の影響かしら。
パクパク寿司を喰う。ここ最近、寿司を摂取することからの多幸感が薄れて来ている気がする。うーむ。
帰宅して風呂入って寝る。
『M-1グランプリ』については生で見る程の思い入れもないけど、TVerからダウンロードしたものは自分用動画ポッドキャストとして見る、程度の興味。誰が優勝するとかはどうでもいいけど出場する人は一番いいネタを持って来るんだろうから面白いんだろうな、くらいの気持ちで消費する。
関西人に多く見られるし、関西人でなくともネット界隈で見かける芸人ごっこは気持ち悪いと思っており荷担はしたくないと考えていたりする。
「今年は◯◯が来そう」とか「敗者復活のメンツから考えると●●」だなとか、ああいうのも何かの事象に対して過剰に反応して見せることで自らに何らかの属性を付与させて本来よりも特殊な存在であるように思わせたいという僭越な思いの表れだと思う。やれ「オタクなので」「スポーツマンだから」「○○推し」みたいなの全部一緒で全部気色悪い。
なので当然結果とか気にしていないんだけど、今回は海原ともこの審査員としての質についてのネット言説が特に気色悪かった。
そもそも『THE MANZAI』とかでも関西女流漫才師の大物みたいな扱いされていやすよともこを見てこそばゆいものを感じる程の存在だったと思うのよな。なのでぶっちゃけ「え、審査員やるほどの人では…」って思ってた人も多かったとすら思う。
そこに来てテレビショーの構成要素としても不充分としか思えない程度のコメントしか出来なかったらそら真面目(笑)に見ている連中は批判するわな。
ま、そもそも個人的には何かを審査するさいに評価基準を明らかにできないやつなんて例えそのジャンルでどれくらいの実績があろうと審査員としてゴミだということを前から言っていたりもするけど。
ところがTwitterのトレンドに“ともこ姉さん”とか入っていて、何かと思えば
「ともこ姐さんをよく知りもせんとバカにしやがって、関西人を敵に回したな」
的なこと書いてる連中がわらわらと。気色悪過ぎる。「しばく」らしいで。警察仕事しろ。
関西人にとって何らかのアイコンになるほどの人気のある人らでもないやんけ。テレビに出てる時間なんて昔の土建屋よしゆき並やろ。関西人だから大事な存在、という程な訳がない。
普段追ってもいない相手をそうやって持ち上げることで関西人であるというアイデンティティを自らに付与しようとする意味でこれもまた自分を特殊な存在であると見せかけようという心持ちが働いてもおるやろ。
「フリートークがそのまま漫才になるくらいの人なのに」とか言うてる輩もおってこれまた噴飯もので。フリートーク風の漫才ってだけで、ちゃんと脚本あるやんけ。同じネタ普通にやってるやろ。全然追ってもないやんけ。おまえにとってどうでもええ存在ってことやろ。
同じ現象がやしきたかじんでも起こってはおったな。そういうこと言う輩に限ってじゃあやしきたかじんの曲、何曲知ってるねんと聞くとほぼ知らん。
何よりもきついのが、芸人でもないやつが“ともこ姉さん”とか書いていることな。芸人ごっこしたらお笑いに感度の高い人に見られるというのを含む気色の悪いロールプレイ。
そりゃ俺だって桂小枝のことを“青木くん”って言う的なことをする場合もあるけど、それってその気色の悪いロールプレイであるということも含めて諧謔であるという思いでやってることだしそれが共有できる相手にしかやらん。
不特定多数に向けてそのロールプレイをやるのは承認欲求が幼稚過ぎへんか。
ということを端的にツイートしたら@ichigoore_qooというアカウントから返信できない設定で「姉妹の姉を姉さんと呼ぶことのなにがきしょいねん」という旨の引用RTがあった。
ので、「芸人ごっこが気色悪いし、誰かの姉だからといって姉さんと呼ぶのは頭がおかしいし、きしょいという言葉は育ちが卑しく聞こえるので普段から俺は使っていないのに発言が歪められて不愉快」って引用RTしたら安定のツイ消し&ブロック&無言及。そこでやり取りできるくらいの公明正大さがない人間が社会に物申すのは間違ってると思うぞ。
高等裁判所での逆転無罪判決の件。
世界を内と外に分けるのが右派で、世界を強者と弱者に分けるのが左派という最近見かけた言説は言い得て妙だなと思ったけど、この逆転無罪についての左派を気取る連中のあれやこれは目に余るなぁ。
先入観で弱者と認識した相手を無条件に完全擁護するのはもちろん誤った行為ではあるんだけど、そこで誤った行為を取っているという自覚があるからこそ弱者の見方であるという立ち位置をより先鋭化できると自覚の有る面と無い面とがないまぜになって発言してやがるんだろうなぁ。たちが悪い。ある種のマッチョイズムよね。
あと、最近、高知東生が「俺が頭悪いからそう思うのかしれないけど」っていう、「その前提のところを解決したらどうですか」と思うような発言が流れて来て凄く嫌。
頭が悪いし裁判の詳細についてきちんと追ってもない人の判断なんて結果が合っていたとして過程がゴミだから、発言ひっくるめても意見と言えるようなものにはならんて。
こういうのも、頭が悪いと言ってみせることで考えなくても判るようなプリミティブな判断能力が優れているんだと見せかけたい欲求が含まれている際にやる言動よな。やっぱりおこがましいんよ。
普通は「俺は頭が悪いから裁判所が言ってるんだから正しいだろう」とか「俺は頭が悪いから法律破ったりできないので薬物には手を出さない」ってなるべきちゃうのんか。
大学授業料無償化について「中卒や高卒がなぜ大学行きたい奴らの学費を負担しなければならないのか」みたいな言説を見かけてちょっと新鮮な驚きを覚えた。
“公”を気にして行動していなかったとしても概念として理解さえしていれば、大学授業料の無償化の意図自体は理解できるだろうに、それなしに社会にものを言えちゃうんだなー。教育は大事やわ。『一夢庵風流記』の石田三成の「国家百年の計など貴様にはわかるまい」というセリフを思い出した。