第273回 「ジジネタの四十八 一人と二人とイノセンスと感情」


呼んだ?
あ、俺?
イノセっス






第273回 平成23年6月2日 「ジジネタの四十八 一人と二人とイノセンスと感情」 26分43秒



 今回はオープニングからまさかの一人喋り出のスタートです。


 これもひとえに相方のPCのせいでして…。



 てな訳でちょいと変則的ですが地震話をまたもや御届け致します~。



 今週の内容は…



  • まさかの一人喋り開始

  • 会長、いつですか?

  • 企業のイノセンスを評価しよう

  • スタンスで決まる意見

  • 俺、誰?

  • “僕”と“僕の意見”は別です




平成23年5月21日に収録





 ところで、以前から存在はしていたけど完全に空気だった『白鯨ラジオもっこもこパレード』公式サイトがリニューアル致しました!


 今後はポッドキャスト配信の場として、従来のイベント音声に加えて『もこパレ』参加番組や竹内義和先生『オレラジオ』音声なども配信して行きますよ!


 要チェックでっせ!



 ちなみに、イベント音声は従来通りこのサイトでもアップしますんで~。

コメント

  1. ダンコン より:

    イノセっスは卑怯。
    ラジオなのになんで写真でまず最初に一笑いせにゃいかんのじゃ!
    イイセンスしてるぜ。
    ネットラジオ大戦争以来の一人喋り。
    そんなに違和感なく聞けたのは、毎回しっかり論理だてて喋っているからなのか、編集マジックなのか、私の中のgyasyaさんが囁くが故なのか。
    普通にマキシムできてしまう恐ろしさよ。
    「責任をとれ=もっと不幸になれ」
    言葉でハッキリ言われるとギョっとするものですね。
    ルサンチマンも加わった公開処刑を間接的に、ず~っと行っているような気がします。
    駄目だ駄目だ駄目だ、という一方的な評価情報ばかりが蔓延してますから仕方がないのかもしれませんけれど。
    全く持って「あんまりオロオロするもんじゃ」ありません。

  2. とっしゃん より:

    直接、話しかけられているような不思議な感覚。
    脳に直接響くのだあ、ってなんかの映画でありませんでしたっけ?
    今回の放送を聴いて、僕も色々と反省することが(笑)
    これからは色んな人を許せそう・・・いや、無理かな・・・。
    本当に不幸になったら、「ちょっと、みんな言い過ぎやで。俺はそこまでは言うてへんかったのに」となるんでしょうね。
    ともかく、僕の頭の中には「高田純次」が降臨してきました。
    何かあったら、「僕と僕の意見は別ですから!」と言い切ります。

  3. JUS より:

    >ダンコンさん
     ひょっこり顔を出した的な表情の猪瀬写真を探した甲斐があったという物ですw
     そしてイイセンスwこの番組は喋り手もリスナーさんも洒落てますなw
     いやぁ、実はこの一人喋り難産でした。多分、70%くらい切ったんじゃないかなぁ。
     gyasyaが囁いてるからかもですが。gyasya in the shell。gyasyaダビングとかするんですかねw
     実は「もっと不幸になれ」についてはだいぶ切ったんですよ。
     あの後、「どの辺の役職まで死にますか」「親族のどの辺まで死にますか」「ニコ生で割腹を中継」とか。ツッコミなしだとまあキツいキツい(苦笑)
     そんな事 ここに書いちゃうとあんまり偉そうな事 言えませんねw
    >とっしゃんさん
     何の映画だろ~。
     最近、割とその手の演出多い気がしちゃってて…。
     「ふふふ、耳を防いでも無駄だ」的な。
     ああ、気になる。
     そうなんです。僕も今回放送を聴いて色々と反省する事が…w
     ちなみに今日、平野耕太が
     「鳩山と小沢の口車に乗った谷垣がアホ。宇宙人と悪代官だぞ。この世界で2番目と3番目に信用出来ない二人だ。ちなみに1番信用出来ないのは高田純次」って言ってました。さすがですw
     「僕と僕の意見は別ですから!」は会社で言うと殺されそうになります。なりましたw

  4. 怪文 より:

    毎回毎回「よいしょっ!」と思わないとコメにかかれません。
    かといって「よいしょっ!」とは程遠い軽コメしかかけません。
    理路整然力がほしいもんです、全く・・・。
    前半の一人しゃべり部分。
    オープンキッチンのつぼ八の焼きカタ前・カウンターで
    ひとりでクダ巻いてるJUSさんが見えましたよっと・・・w
    ぎゃしゃ閣下の偉大さを再確認ですよ。
    樹周りについてはお取り上げありがとうございます、とだけ。
    樹フォロワーの私がとやかく言って予見を献上するより
    素のJUS論を聞いてみたいもので。
    ただ「そう思った時点でゆがむやん」は
    さすがというか怖いというか・・・w
    辺境ラジオに殴りこんでくれればいいのに・・・ww
    さて本題(なのか?)
    議論の始動部分が感情である、って部分。
    これって少し違くね?と思いました。
    というのもポジショントークってのもあると思ったので。
    ただそのポジショントークでも
    「ひっかかった」という部分では
    感情スタートなのか?と思ったり
    いや、絶対的な違和感って感情じゃなくね?と思ったり
    違和感ってのはそれそのものが感情じゃね?と思ったり。
    なんとなく総合すると
    「すべての起点は感情」ってのは
    まだまだ議論ありかなぁ、とか。
    その辺どんなもんでしょう?
    今後もう少し掘ってほしいところかもしれないっす。
    ・・・ま、JUSさんの
    清く正しい社会は目指すがそこはきっと住みにくい。
    これ、しっかり『テイクアウト』させて頂きますww

  5. JUS より:

    >怪文さん
     いえいえ。
     「○○について喋ってた部分、アレはどうなん?」とかでもコメント頂ければ嬉しいですよ~。
     一人喋り部分については、確かに相方の必要性を強く感じますね。
     まあ、純粋な一人喋りとして録った物じゃないってのもあるんですけどねw
     ちなみに、最近あんまり居酒屋には行かないんで、つぼ八よりもちょっとだけええ店でクダ巻きたいですw
     内田師については今日、収録致しました。
     御期待に答えられればと思いますが、どちらと言うと番組の構成に対して、に強く物申したかもしれません。
     もし内田師についてでツッコミのタネにし易そうな書籍とかあれば御指導下さいませ。
     “議論の始動部分が感情である”については…、と言うか“思考・思索の始動部分が感情である”って所ですかね。
     どっちかって言うと、“その辺、殆どの場合、分明じゃないだろう”ってかんじなんですが、またネタにしましょうかね。
     もしくは『辺境ラジオ』に投げちゃいましょうかw

  6. 怪文 より:

    ぎゃしゃ閣下もざわざわする、って仰ってましたね。
    期待しながら待てのポーズで待ってますw
    感情と思慮を文明化しようとすると
    『極個人的な感覚』では宗教っぽいものに阻まれることが
    多いような気がします。

    それはね、神が人間に与えた云々カンヌン~

    漢、外に出れば宗教と野球の話はするなが
    全く守れない息子でとーさんごめん・・・w
    樹書籍かぁ・・・。フォロワーのオイラにして
    引っかかりが多いのは
    「日本辺境論」と「先生はえらい」ときて
    引っかかり少ない(納得度が高い)のは
    「健全な肉体に狂気は宿る」「期間限定の思想」
    ですかね。
    新書系でさっくりなので図書館流しがいいかもしれません
    ・・・とフォロワーが言ったらあかんかw

  7. JUS より:

    >怪文さん
     そうそう、宗教が出て来ちゃうんですよね。
     なので、宗教に逃げようとする人間がいる時には「ほら、煮詰めなおさんと思い込みとか、あったりするやん?」程度の表現にとどめておきましょうw
     ちなみに僕は、TPOを考えて宗教・野球・政治の話は控える行儀のいい子ですよ?w
     内田師についてはとりあえず『日本辺境論』を図書館でサックリ行ってみたいと思います。

  8. ちん より:

    後半よくわからなくなった。内田樹のせいだと思う。内田樹の会を楽しみにしております。
    雑学の範囲で歴史、政治、哲学を独学しているうち、一つの理論に収束していくのがわかる。
    結局西洋文明を相手にしている限り、そちらさんの考え方に沿わなければならず、そちらさんの考え方の基礎というのが、遠くアテネの国家論、ローマの帝国主義なのであったりするし、NYはジューイッシュの考え方だったりする。そりゃかなわんわ。
    今回の原発事故のニュースは、NYで聞いていただけに、日本発、アメリカ発の報道を比較する事ができた。
    単純にアメリカの報道姿勢が正しくて優れているとは言わない。なぜなら当事者ではないから。財産を持たず生活もしていない安全圏からなら好きな事言えるよね。アメリカもスリーマイル島事故当時の政府の対応や情報開示は酷かったために、それ以降原発建設はストップしてしまった。
    勿論日本の隠蔽体質は批判されても致し方ない。特に東電は酷い。あり得ないくらい酷い。大前研一は白煙が出た段階でメルトダウンしているって指摘してた。
    しかしアメリカも嘘はつかないが、敢えて真実を伝えない事もある。政府は責任を回避し、民衆は絶えずそれを疑う。それが民主制なのだそうだ。すばらしい。
    しかし、全部情報を開示したので落ち度は有りませんというのでは、政府機関としての責任を放棄しているのと同じではないかとの疑問がわく。天災や原発事故なんて場合は特に。自己判断や自己責任の範疇を超える。ウィキリークスの意義は素晴らしいとも思えるが、確実にパニックを引き起こすし、彼等も情報の取捨選択を行っている。
    JUSのいうところの「公明正大」は、またもや社会正義や哲学に収束されるので、やはりサンデル先生ブームは必要だったのよ。というおばちゃんの愚痴で収まる。
    ところで、別件で民主主義、個人主義の負の面を思い知らされた。おかげでノイローゼになった。ので、みんなにご無沙汰のいい訳をかねてここでご披露。
    「民主制はどこの国においても、個人を原子のようにバラバラにし、人々を家族と友人との生活の殻の中に閉じ込めてしまう。1830年代にアメリカの民主制を論じたA.トクヴィルは、『利己主義は人類誕生とともに古く、その有無は社会形態と関係ないが、民主制固有な個人主義は、静謐な思慮ある感情では有るが、同胞の群れから孤立させ、家族と友人との世界に引きこもらせる』と指摘した後、『利己主義は全ての徳の芽を枯らすが、個人主義は先ず公的な徳の源を涸らし、ついにはすべての徳を攻撃して破壊して、最終的には利己主義に吸収されてしまう』と論じた。」(『戦後世界経済史』猪木武徳)
    「そこにみられるのは、心を満たす矮小・卑小な快楽を手に入れようと休みなく動き回る、無数の相似的で平等な人間の群れである。誰もが自分の世界にひきこもり、他のすべての人の運動に関わりを持たないかのようである。誰にとっても、自分の子供と特別の友人とが人類のすべてである。その他の同胞に関しては、傍らにたってはいても、その姿は目に映らない。彼等とは接触はしても、その存在を肌では感じない。人は自己自身のうちにしか、そして自分自身にためにしか存在しない」(『アメリカにおけるデモクラシー』A.トクヴィル)
    「実践上個人主義者である人間はそう珍しいものではないが、理論上も全くの個人主義者である人間とは、要するに阿呆に過ぎない」G.K.チェスタートン
    なんか要点ずれた?

  9. JUS より:

    >ちんさん
     オカエリナサイマセー!!
     後半は、じゃあ内田樹のせいですねw
     彼についてのトークは先ほどアップしたんですが、やはり番組の構成についてのツッコミになっちゃいましたw
     先に「公明正大」についてで言うと、僕自身も影響されているところはあるんですが、それはと言うと西洋的な物ではないんです。“論理的とは”という事についてはだいぶ西洋的な物の影響を受けてるんですけどねw
     で、西洋的ではないってのは何なのかって言うと、多分に板倉勝重の影響なんですよね。徳川政権下で京都所司代を勤めた人で、一般に大岡裁きとして伝わっているエピソードは実は彼の話だったりって人なんですが。
     常に世人の眼を意識し、また、過去の判例にあまりとらわれる事がなく、そして自分の判断から普遍的な要素を見出せる様にという意識もあり…というのが印象かなぁ、と。
     この辺の西洋的ではない、「公明正大」をより分解して言語化出来れば、なんて思ってたりする今日この頃です。
     情報については、確かにアメリカの政府・民衆・マスコミの関係性は日本のそれと比べていいですね。
     どこかゲーム的でもあり、それでいて真剣な感じで。
     こういうとこ、日本はまだまだ猿真似だなぁ。
     民主主義・個人主義の負の面か~。
     確かにうんうんと頷ける所もあるんですが、これについても最近思う所がありまして。
     地域に根差した、コミュニティ内の濃密な人間関係が失われたのって本当に民主主義・個人主義の結果なのかしら、と。
     って言うか本当に人間関係って希薄になったのかと。
     確かにプライバシーを尊重するという建前のせいで多少の距離感は生まれたと思うんですけどね。
     それに、昔より多くの人と関りあうので、特定の人との関係性が薄れたりはあると思うんですが。
     トータルで他人と関りあっている時間・濃度は昔より上がってるんじゃないかという気もしてまして。
     「昔より多方面外交を強いられるから、特定の相手とどっぷりじゃなくなったよね」
     なら納得出来るんですけど、昔より今の人間が個人主義・利己主義になったってのもホンマかしら、な気分です。
     江戸時代の人の日記とか読んでると「何も変わってねぇ!」って思ったりするんですよねw
     ひょっとして、「昔は良かった」トークなんじゃねえかという…、まだ予感ですがw

  10. ちん より:

    >地域に根差した、コミュニティ内の濃密な人間関係が失われたのって本当に民主主義・個人主義の結果なのかしら、と。
    >「昔より多方面外交を強いられるから、特定の相手とどっぷりじゃなくなったよね」
    アメリカには三大神話があって、政府を信じない、コミュニティー主義、それから個人主義やったかな? そんなもん。民主主義・個人主義のあり方は、日本の場合とちょいと違うかもね。
    民主主義とかいうもんで個人を原子のようにバラバラにした上で、大衆化されたのが、アメリカ人だわさ。
    この大衆というのがやっかいで、すぐイナゴ化する。群れたがる。流されやすい。自分で考えない。
    だから損得で判断したがるし、好き嫌いで判断する。
    『利己主義は人類誕生とともに古く、その有無は社会形態と関係ない』とあるので、きっと人間自分の頭で考えるのを止めたらそうなるんじゃない?
    静謐な思慮ある感情である個人主義も、頭悪くなったら利己主義になるってんだから、やっかいだね。ははは。
    今回母親に指摘されて救われたんだけど、私って中身が無いのであせっているのだと思っていたら、外身(ステイタス)を作ってこなかったからじゃないかって。
    学歴無し、職無し、金無し、子無し、専業主婦。あー、究極の個人主義やね、ある意味。まだまだいくぞー!

  11. JUS より:

    >ちんさん
     そうですね~。日本の場合は、民衆の方向を向いた為政者の存在があれば民主主義であると思っちゃってたり、どこかで個人主義に利己主義の匂いを添加しちゃってたりで別もんになってるでしょうねぇ。
     群れたがり流されるのは日本も同じですけどねw
     ま、一方で「ほら、俺は個人主義者だけど利己主義ではない人だから。コミュニティ意識も持ってるから」って言いたがりな人の存在もあったりでなかなかにカオスですねw
     どういった御事情かはわかりませんがw、ステイタスレス、いいじゃないですか。ねぇ。好き勝手やり放題で。

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