Sub-ordinaries Maxim 第005回 「反響を受けて・前編」









第005回 平成27年3月15日 「反響を受けて・前編」 34分1秒



 そしてちょいと更新が遅くなりましたがサブ第5回!



 今回はひろしさんとデルタさんと、あとJUSも!


 『アラー大変』の反響にお答えするの回!

コメント

  1. ちん より:

    なんかわからんうちに終わってしまった。前編ということは後編もあるということで、またその時に。
    JUSっちは、ずっとこれやからね。宗教嫌いはもう遺伝子の段階まで染み付いているので、論破できない。
    サリン事件から20年ということで、またオウムの話がぶり返されていて、アーチャリーと上祐が戦っていたり、上祐がわしなにも知りまへんでした、オウムってそんなことしてましたんか、そりゃ危険やわ、とかあの調子で言っているのが、もう茶番でしかなくて、その茶番を見せつけられる被害者の方々のお気持ちを考えると、誇大妄想狂のナルシストはこわいなぁとか思いました。
    司馬遼太郎が、豊臣家の財宝は淀がそこら中のお寺に寄進してしまったみたいなことどっかに書いてて、やっぱりこわいなぁとも思いました。
    感謝する、畏怖の念をいだくこと、他を思いやること、謙虚になること、平和を作り上げること。それら形而上的行動が自然にできるのなら宗教はいらないのだと思います。だからそれを訓練するために宗教が有効であるなら、あってもいいと思うのだけど、所謂倫理というものなのだろうか。
    ペルーの山で暮らす人々が、酒を先ず大地にこぼして皆と分けていたこととか、チベットの人は遺体を鉈で砕いて鳥葬にするとか、そういう民族風習を聞くと、いかに自分が驕っているのかを感じる。
    次回も楽しみにしています。

  2. Deltablues より:

    ちんさん、いつもありがとうございます。
    JUS氏論破とか。。。笑
    今回は、本編でも触れていますが、足りていない部分を明らかにし、現時点でのクロニクル的な位置づけに出来たのかもしれません。
    後編もありますので、合わせて一本、評価をお願いします。
    後編では、少し反撃している部分が増えているかもしれません。

  3. JUS より:

    >ちんさん
     遺伝子の段階w
     どっちかって言うと、「嫌い」って言うより「呆れ」に近いんですけどね。
     宗教的命題に対して宗教って真剣に考えないよね、という。
     オウムと言えば、少し前までほんのり取り沙汰されていた元都知事との親密さとかあの辺の話ってどこ言っちゃったんでしょうね。彼もオウムに結構寄進していた的な話とかありましたけど…。
     他社との協調との訓練…。正直、それも「さあ考えてみましょう」という事をやらないのであれば宗教があったほうが何ぼかマシってレベルだと思うんですよね。
     もしくは叩き台として、とか。
     チベットのは、ああいう風にしないと鳥が食べにくいし、あれだけ寒くて乾燥しているとなかなか分解されなくてミイラ化して残っちゃうからだという話も聞きました。勿論、そこに込めた思いもあるとは思います。はい。

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