第319回 「ジジネタの五十七 黙祷フェスティバル」


第319回 平成24年4月5日 「ジジネタの五十七 黙祷フェスティバル」 24分25秒



 はい問題作。


 前回もそうですが、問題作になりそうな時は番組内で挟むCMを『青春あるでひど』にする事にしております。



 てな訳で、期待されてたんじゃないかと思われます、震災から一年を経ったあの日のtwitterでの黙祷フェスティバルの話題から黙祷そのものへのJUSの怒り爆発回です。


 例によってエンターテインメントになってるといいんですが…な感じです。ええ。



 今週の内容は…



  • 当日 意識していなくてビックリしたJUS

  • あれ強制やろ?

  • やるなら一人でやれ

  • 免罪符ビジネス

  • もこパレ!




平成24年3月18日に収録





 4月11日の水曜日!。イベント月!!



ライブシアターなんば白鯨


〒542-0074


大阪市中央区千日前2-3-9 味園ビル2F


Tel:06-6643-5159



19時30分開始


入場料:500円(1ドリンク別)

コメント

  1. もりのくまさん より:

    最新話を興味深く聞きました。普段黙祷について深く考えたこともないのでJUS氏の激しすぎる怒りに戸惑うばかりです。で、黙祷って何ぞや?あいつら何をさせたいの?と、つらつら考えたとき頭に浮かんだのが、原爆の日などに反戦の運動家の人達が死体のように横になってみせる行事。
    ダイ・インなどというらしいんですがあれではないかと。
    地震の時間にぴったり合わせたり、目を瞑って黙るという行為もそのダイ・インという行為の簡易版と考えると自分の中で合点がいくのですがね。このような行為に感じる演劇性、日本人ならこの気持ちわかるよね?という強制のうっとうしさを思うと、JUS氏の怒りも理解できるような気もします。夕食のあとなどに家族で地震のことについて語る、そんな方法でも十分震災について思うことができるでしょう。
    そのアメリカ人みたいな感じもイラッとしますが(笑)

  2. 怪文 より:

    いやぁ、どうもどうも☆
    借りている書籍を返却し忘れたっ!と
    4/1に思って返却期日を見ると「3/1」・・・。
    うむ。ダメな大人だ・・・。
    しかし(ちょっと別の意図を絡めてますw)
    教育っつーのは怖いものでね。
    どこまで教訓を生かそうとしても
    ほんの簡単な“義”を刺激するだけで数代経てば
    恐ろしい結果になってるものだなぁ、と思ったり。
    これだけ多様化が進んでいる中
    自分の持つ正義のみが唯一無二の正義と妄信し
    最終的には
    「こんなことを言う奴が俺の邪魔をしてる!」
    と場合によっては人格攻撃を始める。
    なんだかなーと思いますよ。全く以って。
    黙祷はもうええやん?コンセンサス得てるし。
    んじゃ黙祷せん奴って心無い奴やん?
    ほら、こんなこと言うてる奴って黙祷もせーへんのやで!
    ・・・アホかとw
    かといってこの理屈が通じるのもいつまでだろうという怖さ。
    2012年3月のメキシコ地震に際して
    「メキシコが心配だからツイッター止めてキャパをメキシコに回します」
    と宣言したら
    「どうして?他所の話じゃん」と言われ殺意・・・w
    まぁ端的に「損したくない病」なのかなぁ、が
    今の私の中間解です。

  3. とっしゃん より:

    知ってる、分かってる、だいたい同意(笑)
    まあ、黙祷自体を否定しませんし、拒否しません。僕だって空気読みます(笑)
    黙祷フェスティバルと聞いて、ツイッターで「黙祷」って呟くことを言ってるんだと思ってた(そういう人が何人かしたので)んですが、「黙祷してるからツイートしない」なんて行われていることも知りませんでした。
    黙祷するのに、なんで黙祷って書かなければいけないのか、よく分かりません。そんなこと書く暇があったら、さっさと黙祷すればいいじゃん、なんて思ってました。
    みんなと一緒にする必要もないし・・・。
    でも、そういえば、僕も有名人が死んだ時、「合掌」って書いたりしてましたな(笑)
    震災をきっかけに、僕はいかに自分が世間の感覚からすると善でない人間なのか知りました(笑)
    そういえば、入学祈願の代行サービスみたいなのは、あるらしいです。
    メール回で送ろうと思っていたネタでしたー。

  4. JUS より:

    >もりのくまさんさん
     コメント頂きましてありがとうございます。
     黙祷って確かに当たり前に行われている一方で、自発的にはなかなかやらない行為で、よくよく考えると違和感があるなぁというのが以前よりありまして。今回、それに直面して御届けしたトークでありました。
     ダイ・インに例えておられるのは確かにその通りだと思います。
     個人的には、むしろダイ・インを演劇的にやっている人の方が自覚的で反感は覚えないかなぁと思うくらいですねw
     黙祷だけで終わるのが日本的かなという気がします。
     こうしたセレモニーのみに終始して、例えば防災について改めて考え直すであるとか、そういったある種の貪欲さが欠けているのがより気持ち悪くも感じますね。
     しかし、アメリカ人みたいな感じとか書かないで欲しかったです。僕の書く事がなくなっちゃうのでw
    >怪文さん
     例の高校生コメントはホント、僕の琴線に触れまくる発言でしたねぇ…。
     “誰が言おうと正しい意見は尊重されるべき。誰が言おうと正しくない意見は尊重されないべき”というのが基本スタンスですから。勿論、心情面も斟酌しますが、攻撃の矛先が僕に向いている以上、僕は猛然と反論する以外の選択肢はないです。
     ちなみに、高校生コメントはこのサイトの左側からiTunesに入れば辿り着けますよ>JINさん
     「損したくない病」もあるでしょうねぇ。
     自分が損しない以上は出来るだけ波風立てない…。周りが良しとしているんであれば自分が損しない限りは黙っておこうって感じですかね。
     そら原発もあないなるわ…。
    >とっしゃんさん
     よく訓練されたマキシマーは、他人の意見を笑いつつ聞き流す能力が付いているのだった!w
     空気読むのはありますね。
     会社でいきなり“黙祷しよう”って言われたら、心が弱ってたら従ってしまいそうになりますから。
     「黙祷」と呟くこと自体にも賛否両論あったみたいですよ。
     「黙祷しているんだから呟くのはナンセンスだ」「いや、行為表明は出来ればやるべきだ」みたいな。僕はそれを眺めながら「だからみんな死んでしまえばいいのに」となっておりましたw。手元にクイン・マンサがあれば「みんな死んじゃえー」なところです。
     ちなみに、訃報関連の僕のツイートを御覧頂くと見事に“思いを馳せる”のみを忠実に行ってたりしますw
     “世間の感覚からすると善でない”w
     大丈夫です。僕なんか昔から“世間の大半が正しいと思ってることはどうやら正しくなさそうだ”って思ってます。大丈夫です。大丈夫です。
     入学祈願代行w
     ルター、かわいそw

  5. ダンコン より:

    ろくすっぽ当人の事は知らないしファンでもないのに矢鱈と「お悔やみを申し上げます」な方と同じだろうなぁと。あの時にデマを流しまくった、もしくはそれに加担した方と同じ方だろうなぁと。mixiの手つなぎは・・・「きもっ!」の一言につきます。ぶるぶる。黙祷それ自体はあってもいいと思います。というか、先月に被災地を周っていた時に私は散々やりました。自分の腹の中の整理をするには、有効です。ただただ無力だなぁとうなだれました。まぁ「みんなでやろおっ!!」と言われてやるもんじゃーないですわい。震災を出汁にしてみんなつながっているような気になって気持ちよくなっているだけですわい。とにかく泣くためのネタを探しているだけですわい。自分が(実に手軽です)いい人になりたいだけですわい。そんな奴、決していい人なわけないけれど。黙祷フェスティバル。嫌なお祭りです。
    >>免罪符
    なんか、本当に誰かがやっちゃいそうで笑うに笑えません。
    本当に「いい事」と「いいと言われている事」。
    本当に「いい人」と「いいと言われている人」。
    前者と後者に重なる所もあり、乖離している所もあり。
    そういう事がある!と自覚しているかしていないかで対応が変わるでしょーね。

  6. JUS より:

    >ダンコンさん
     ですよね~。
     多分、彼らは安岡力也が力也に改名していた事も知らなかった癖に冥福を祈ったりしてやがるんですよ。けっ!w
     かく言う僕も大して知りませんが、冥福を祈ったりはしないからきっとOKだと思います。
     っつうか、よくネタに挙がってた、山籠りの後にムラムラしていてふと見かけたメスヤギを犯したってエピソード、確実に薬抜きだと思うんですが良かったんでしょうか。良かったんでしょうね。
     確かにあっていいと思うんですが、それはいわゆる沈思黙考をするという行為であればってところです。
     僕自身も深く物を考えたいという時はやる行為でもありますし。ただ、それを外見的に同様の祈りと混同した時点で僕が平静を保たなくなっちゃうんですよね…。
     とりあえず今回の配信分ではアップする際にダンコンさんに楽しんで頂けそうかどうかを想定してました。コメント頂けてホッとしてたりしますw
     「いい事」「いいと言われている事」・「いい人」「いいと言われている人」は確かに難しい…と言うよりあんまり突き詰めるとしんどくなっちゃう問題ではありそうですねw
     しかし、この辺ってtwitter以降という区切り方で意識する頻度が上がって来ている気がします。それだけ、“剥き出しの思い”ってもんがそんなに“良い”もんじゃないって事なのかもしれませんねぇ。

  7. ダンコン より:

    ここで今一度確認を。
    今回の放送、つまらなかったなぁ→コメントせず
    今回の放送、おいらには納得できないよ→コメントせず
    ではありません!
    例えば第318回に書き込もうと2週間のごつい便秘をひねり出すが如くうなっていたら木金土日月火・・・。タイミングを逸してあわわになる事もあるのです。というかそんな事ばかりです。再度挑戦してみます。
    ガレキについて。
    あれはどこまでも手抜きができもするし、どこまでも手間を必要とする余りにもやっかいな代物でした。何が正しいのか全くわからなくて。ちょっと考えただけで前頭葉が熱くなります。ズタボロな病院を見て「あぁそうなると注射器やらなんやらが間違いなく入っているなぁ」とか。海水を浴びた赤茶けた小山を見て「この中に手を突っ込んでより分けるのは、言葉にできないくらいの重労働だなぁ」とか。う~む。無責任な発言はできるんですけれども。「おいら被災地いったから~この目で見た上で語っているから~説得力あるから~。」
    とはなりません。本当にただ、上っ面を撫でただけで中身については数パーセント理解しているかどうか。itunesのコメントでの「現地を見に来い」にも限界はあると思うけれども。怒りもわかるけれども。
    4日間は、第264回の「助かる人と助かりにくい人」をず~っと頭の隅で考えながら歩いていました。単純に動きが緩慢な人もそうですが、切り替えができない人はアウトだったでしょう。例えば跡形も無いローソン南気仙沼駅前店。あそこでアルバイトとして私が働いていたら、動けないだろうなぁと。時給850円で死ぬだろうなぁと。「お店を守らなきゃいけない!」とかなんとか言って。逃げられないだろうなぁ。
    >>免罪符
    そうだっ思い出しました。ホワイトバンド。ホワイトバンドだ!
    こいつが馬鹿売れした某国にルターが迷い込んだら、数時間で客死するに間違いありません。

  8. JUS より:

    >ダンコンさん
     勿論、コメントの有無が評価に直結するとは思ってはおりません。
     ただ、内容によってはリスナーさんを永久に遠ざけてしまう可能性があるという恐怖は常にあるなぁ、という意識があるというところです。
     ちなみに、古いエントリにコメント頂いても僕にメール通知が来るので大歓迎ですよ?w
     瓦礫についての、そうした医療系の産廃であるとかは僕自身も意識の外にありました。
     現場に行ったから云々とか、当事者であるからとかそうした個人的な思いの発露とは無関係に、そうした情報の共有がなされるべきだなぁとダンコンさんのコメントで思えました。我々の持つツールやインフラは使い様によって既にそれが可能だと思うんですけどねえ。
     かの高校生については…、上のコメントやら個人ブログでも書いちゃいましたが…。怒る瞬間は理解出来ますし、目の前に彼がいたら「怒らせてごめんやす」とは言うんですがね…。その後に「でも君のコメントは間違っているだろう?」って言うとは思いますが…。
     切り替えの可否はあるでしょうね。
     そう思うとやっぱり防災訓練って重要なんだなと思いますね。年に3回くらいはやってもいいですよ。それこそ5時46分と14時46分があるんだから「今年の第二回 防災の日では9月25日の11時46分に防災訓練をやります。今回のテーマは地滑り!」とか。それくらいの社会コストはかけるべきだと学習してもいいのに。
     ホワイトバンド!
     そうですわ~。黙祷した人にホワイトバンドを買うたか聞いてみたい!

  9. ちん より:

    こだわりすぎ。さらっと流せんかw? ただ、水道橋博士はいかんけどね。黙ってやれんか? ええことやねんから。
    震災にあった方々に同情する人がいたので、「それは運です」と言ったら、叱られそうになったので、「そこに居合わせたと言うのが運です」と説明しました。
    すると後日震災の追悼式で、家族を失った高校生の男の子のスピーチの中で、「運を恨まず」という一言があり、自分が彼等と心を合わせる事ができていたのではないかと、やっと同情の涙を流す事ができました。
    悲しいとか、つらいとか、それは私たちが先走って決めつけることでなく、被災者の方々が感じられるままに、受け止められたらと思います。
    そして被災者の方々が自分で立つ事ができるまで、陰になり力になれたらと思っています。
    それが、阪神大震災を通じて私が学んだ事です。
    ちょっと真面目になりましたが、一日も早い復興を願います。

  10. JUS より:

    >ちんさん
     こればっかりはさらっと流せません!w
     ええことだとはどうしても納得出来ないんです。もう慣れちゃいましたがw
     「運を恨まず」はいいですね。何だか「いいですね」意外にはあんまり表現しづらいくらいいいですね。
     こういう言葉を聞くと光明が見える気がします。
     これの前の回で出て来る様な話もある中、色々頑張ろうと思えます。

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