第239回 「愛と業と」






第239回 平成22年10月11日 「愛と業と」 12分56秒



 前後編の後編でございます。


 前回に引き続き、テリー・イーグルトン『宗教とは何か』を読んでそこから馳せた思いを吐露します。



 今回は、本の内容とは少し離れますが、JUSが新たな視点を与えられましたよというお話。


 さあ、みんなで記憶を掘り掘りしましょ~。



 今週の内容は…



  • 新たなる視点!

  • 何故『ガンダム』なのか

  • 論理を否定する者がいかにして主張を行うのか

  • 翻訳した人・大橋洋一




平成22年9月20日に収録


 今回の関連エントリ






 なお、10月の『もこパレ』イベントは10月11の月曜日、体育の日の祝日ですよ!


 明日!



ライブシアターなんば白鯨


〒542-0074


大阪市中央区千日前2-3-9 味園ビル2F


Tel:06-6643-5159



19時開始


入場料:500円(1ドリンク別)

コメント

  1. とっしゃん より:

    うーん、高い本だなあ。
    僕がこの本を読んだら、「桜川マキシムで紹介されていたので、興味を抱いて読んだ」のではなく、「神の恩寵」になってしまうわけでしょうか。
    なんかイライラしてきました(笑)
    テリーさんは、奥さんに「どうして私と結婚したの?」と聞かれたら、「神の恩寵っす」って答えるのかなあ。
    そう言われてみると、僕は嫁から、「わたしと結婚してなかったら、×××さんと結婚してたでしょ?」と言われて、素直にそうかもしれないと思ったことがあります(笑)
    しかし、タイミングなり状況なり、の全てが神の思し召しなんだとしたら、本末転倒的に、宗教自体が必要なくなるような気がするんですよね。
    なーんの論理的根拠も思いつきませんが(笑)

  2. MasaruS より:

    「ウンコさんも神の恩寵」「聖水」(笑いました)——となると、スカトロはキリスト教的に正しい性的嗜好ということになりますね〜。Holy shit! 確かに、神の恩寵とか啓示とか言われると、話はそこで終りですね。
    テルトゥリアーヌスという大昔の神学者の言葉に「不合理ゆえに吾信ず」というのがあります。神や信仰というものは人間の合理的な精神では理解できないものなので、信じるしかないということらしいです。一応アチラさんも、自分たちが不合理だということをホントは解ってるみたいです。
    ちなみに、60年安保時代に左翼学生たちのバイブルのひとつだった埴谷雄高の『不合理ゆえに吾信ず』という本に、「あんたみたいなとりとめのない人はいないわ。それがどちらにせよ、それぞれ理由があるんだもの」というセリフが出てくるらしいです(読んだことがないので確認してはいませんけれど)。
    聴きながら思いだしたのですが、一水会の最高顧問・鈴木邦男が何かの本(たぶんマルクス関連)の対談で「学生時代に、もし可愛い女子の先輩に誘われていたら左翼になっていたかもしれない」という趣旨のことを言っていたような気がします。
    「それがどちらにせよ、それぞれ理由がある」みたいです。

  3. ちん より:

    この手のテーマ、ほんま得意やねぇ。上手いし、おもしろいわぁ。
    私ならそもそも宗教はナニをしたいのか? なんて陳腐なそもそも論を展開しそうですが、そこへ陥らないのが、お二人のスンバらしい所。
    確かに宗教を通じて「道徳」「倫理」「美徳」を押し付けられると鳥肌が立ちますね。ほっとけや。人にはそれぞれ事情があるやろ。一遍通りの道徳論で人の人生を簡単に分類して片付けんな、です。
    しかし社会には「秩序」が必要で、秩序だった社会から論理が、哲学が、政治が、文学が、科学が発展して行くことは、人類の歴史をみれば、明らかで、最初にその抽象的な秩序を具体の積み重ねである生活に結びつけた宗教が、今も文明社会を築く礎となっていることは確かです。
    神様のひも付きになったと言うことでしょうか。頭に漬物石を載せたがるのは日本人ですね。
    しかしあくまでも社会を構成する主体は人間、各個人であり、原理に支配されて生きるのは本末転倒であると気づいたのは、お二人だけでなく、遠く遡って、キリストでさえユダヤ原理主義にたてついた人物そのものなのではないでしょうか。その後のキリスト教の歴史はいただけませんが。
    近頃、行き過ぎた自由経済資本主義の反省から、マックス・ウェーバーも見直されており、イーグルトンがもてはやされるのも、そのあたりの発想からではないかと、穿った見方をする私。
    マルクス主義は全体主義に容易に変貌していっただけに、アンビバレントな思いを抱きますね。
    物語論理やコミュニタリアニズム(共同体主義)は、日本人には受け入れられやすいと思ったですが、どですか?
    あ、そうそう、『文学部唯野教授のサブ・テキスト』が本作より絶品です。とっしゃんさん、是非。

  4. ちん より:

    あ、思い出した。
    キリストの生涯を描いた映画はいろいろあれど、モンティパイソンの『ライフ・オブ・ブライアン』(Monty Python’s Life of Brian)が一番。
    エリック・アイドルが歌う「Always Look on the Bright Side of Life」も秀逸。
    http://www.youtube.com/watch?v=WlBiLNN1NhQ

  5. ダンコン より:

    ↓とにかく先行きが不透明なのは怖い、ランダムが怖い
    ↓何でもいいから原因が欲しい、理由が欲しい 
    神様、占い等で全て解決してしまおう
    上記の嗜好プロセスこそ(古くからのもので修正しにくい)合理性の賜物だと思うのですが。
    下記は誰も求めていない「私が桜川マキシムを知ったワケ」ですがザッと振り返っただけでも偶々に偶然が重なった結果です。
    ↓TVが部屋になかったので野球をラジオで聞く
    ↓深夜の馬鹿力を聞くようになる
    ↓日曜日の番組にも興味を持つ
    ↓秘密基地終了宣言。情報に飢え、ラジオ関係のブログを検索「僕のラジオに手を出すな」「キーボードで昇龍拳」と遭遇
    ↓「僕ラ」経由でタイムマシン部を知り、同じにおいを感じ、感想メールを送る。(感想のみだと味気ないので一発ネタとしてシモネタをラジオネームに)
    ↓「キー昇」経由で桜側マキシムを認識(タイムマシン部についても言及されている、聞いてみよう)
    今に至る
    「偶然などない。運命で、神の恩寵なのだよ」
    と言うよりそれこそ私の嗜好と状況とタイミングが、桜川マキシムと出会いやすい立ち位置にいただけ。
    聞き続けているのは魅力と言う名の粘着性があったから。
    「君の嗜好も状況も、運命で決められており、また神の恩寵なのだよ」
    としつこく言ってきたら男は黙ってアンパンチ。
    ううむ、こうして振り返ると「ダンコン」の生みの親はMasaruSさんですね。
    あれ、罪悪感が。

  6. JUS より:

    >とっしゃんさん
     800円なら買いですよw
     そういう「神の恩寵」とかの反証不可能な事を言って幅からない人って、「あんだコラ、舐めとんのんか」ってなりますよね~w
     反証不可能な命題は間違っている、とは言えないんですけど、そこに安穏としている人間は根本的にアレだって事で石以て追いたくなりますw
     多分ですけど、結婚の理由を聞かれたら「神様が最も相応しい相手と巡り合わせてくれたんだよ」とかテキトーに言いくるめよるんだと思いますよ。嫁さんもそれで納得な方だったりしそうですし…。もしそこで「そんなん聞いとんちゃうねん。ちゃんと答えろよ」って言っちゃう奥さんだったらざまあみろなんですが。
     しかし、奥さんに読まれて納得しているとっしゃんさん、面白いですw
     ね~、本当、それ思います。
     「神の恩寵」って概念と人間の自由意志の関係性、練り込まれて無さ過ぎですよね。ミノフスキー粒子だってもう少し設定 詰められてるぞ、とw
    >MasaruSさん
     Holy shit!はいいですねw
     スカトロ云々はいっぺん敬虔なクリスチャンにぶつけてみていじめたいなぁw
     テルトゥリアーヌスという名前は覚えておりませんでしたが、いましたね。「不合理ゆえに吾信ず」って言葉は目にした時に、「おめえ、何を勝手に人類代表して諦めてくれちゃってんの?」って思ったもんでした。
     「到底 徹底的な合理的精神を持ち得ない我々人間にとっては、神や信仰に寄りかからざるを得ない」って意味なら、同意は出来なくても理解出来るんですがね…。
     今 見てみたらどうやら三位一体って概念を考えた人っぽいですね、テルトゥリアーヌス。そこんところをそんな乱暴に解決するんだったら、合理性についても何か考えたら良かったのに~って辺りに当時の知識人の限界を感じたりもします…ってろくに調べもせずに書いてますがw
     安保の時代の方々の「理由」は、それぞれ面白いなぁと思ったりしますが、鈴木邦男の話は『ゴー宣』でもしていた様な。
     彼の場合、“気を抜くと左翼になっちゃう人”なので、その辺 事ある毎に言っておく必要があるんですかねw
    >ちんさん
     そもそも論も大好物ですよ!!w
     僕も押し付けられた価値観にはそれだけで反感を覚えるんですが、より動物的な上下の間隔を持っておられる方々や、己自身に寄って立つにはちょっと膝がグラグラな方々にとっては権威ってのは重要だったりするんでしょうね。
     人間がその隙間を埋める叡智を手にするのはいつの事か。嗚呼。って何様だw
     今「キリスト教徒です。えっへん」な人とキリスト自身を比べると、キリストの方が圧倒的に無神教的だと思えますし、歴史って皮肉だw
     この2回、マルキストに対して色々と物申したりしましたが、基本的には僕も共産主義であり全体主義なんですよw
     共産主義&全体主義な世の中では僕は生きて行けないなぁとも思ったりもするんですけどw
     なので、自由経済資本主義からゆり戻しがあるのは当然なのです!って言いたがる人種なんです。スミマセンw
     ただ、現代日本人の原型はそりゃあもう江戸時代に醸成された所にオリジナルがあるよなぁ思ってますんで、建前は全体主義で心の中は個人主義が座りが良いのは当然かな、と。
     そして、そんな風に思っている事も含めて、「昔からもこれからも、日本人ってそんな感じでずっと“日本人”」って物語が大好きですよね。
     『サブ・テキスト』もあるんですね。『モンティ・パイソン』も含めて触れるべき物が多いなぁ。時間が欲しいなぁ。宝くじあたらねえかなぁ。
    >ダンコンさん
     そうそう。神様とか言っちゃう時点で論理の徒でしかないんですよね。
     真剣に神学やっている人が「あるぇ~?」ってならないのが不思議で仕方ありません。
     ウチを楽しんで頂くにいたった過程は面白いやら嬉しいやらです。
     『馬鹿力』は『サイキック』と並んで僕を構成する二大ラジオ番組ではあるんですが、この『桜川マキシム』において『サイキック』はともかく『馬鹿力』成分があんまり出ていないと思うんですよね。
     でも、『馬鹿力』を愛する方に楽しんで頂けるってのは不思議やら面白いやらホメイニ師やらですね~。
     しかし、「男は黙ってアンパンチ」w
     多分、プライベートで使います。そのフレーズ。さすがダンコンさんだw
     しかし、何故 京極っぽい台詞回しw
     MasaruSさんは上でスカトロジーな事も仰っているんで、ダンコンさんの親という立場をきっと受け入れてくれはる筈だと思いますw

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